建設・製造
73日前
新潟で17年、その後は営業で10年。骨を埋めるつもりだった矢先、かつてのゴルフメーカーの客から届いた誘い。家族を残し、50歳で千葉へ。相当悩んだという決断の理由と、いま思うことを語ってもらった。
Q&A
インタビュー
今のお仕事について聞かせてください
現在はゴルフクラブのメーカーにおりまして、クラブの組み立てを管理しています。ヘッドがあってシャフトがあってグリップがあって、そのパーツを各サプライヤーから取り寄せて、それを組み立てして販売していく、そういう仕事ですね。パーツはそれぞれ中国とかベトナムとか、いろんなところに作ってもらって、それを全部工場に集めて、組み立ててゴルフクラブにするという仕事ですね。
これまでの経歴を教えてください
今は正社員として働いています。一番最初に新卒で入社したのが、私は新潟出身なんですけど、新潟にあるゴルフクラブのヘッドのOEMですね。ヘッドを作ってる会社で就職しまして、そこで17年ぐらい勤めてたんですけど、その時は実はOEMだったので、お客様がゴルフメーカーのいろんなところとお付き合いがあったんですね。そこからちょっと違う仕事に転職して、10年ぐらい違うところで営業をやってたんですけど、ある時突然、昔のゴルフメーカーのお客様から連絡があって、会えないかと言われて。何だろうと思って東京でお会いしたら、ぜひうちに来ないかという話で。もともと新潟なんですけど、ちょっと思い切って、今は千葉の方に単身赴任で来ています。
転職を決めた理由は何でしたか
一番最初に入った会社が、トップの方の経営方針が色々変わったりとかして、ちょっと他の会社を探してたんですけど、もともと営業とか、人と会話するのは好きなので、そういうところを探してたら、たまたまそういうところがあって、勢いがある会社だと思ったので、そこに転職しました。もともとゴルフがやりたくて最初に入ったわけではなくて、地元の会社で相当勢いがあったので。当時ジャンボ尾崎とか、その辺が全盛期の時に、そういったプロのクラブとかも手掛けてたもんですから、すごい勢いがあるなと思って働いてたんですけど、色々経営陣のお家事情でちょっと厳しいなと思って転職して、そこで骨をうずめようかなと思ってたんですけど、さきほどお伝えした通り急に連絡があって。そうとう悩んだんですけど、基本的にものづくりが好きなので、別にゴルフに限らずなんでもいいなと思ってたんですけど、どっちかというと仕事の中身よりも、やっぱり社風だったりとか、人間関係だったりとか、そういったところを重視してますかね。
単身赴任には葛藤がありましたか
新潟からその千葉に単身赴任で来るっていうところで、当時50歳だったんですよね。もちろん家には奥さんがいて、子供がいて、実家にはちょっと体が弱ってきた両親とかがいて、そこを置いて単身その千葉に行くっていうところが、相当やっぱり葛藤はありましたね。
家族で引っ越す考えはなかったですか
それはちょっと考えてなかったですね。当時、息子が高校生、大学生で、娘は高校生だったので、家族ごと連れてくるっていうのは選択肢としてはなかったですね。逆に子どもたちが、今、上の子は社会人になって、下の子は今大学2年生なんで、あと2年なんですけど、逆に家から出てくような状況になるんだったら、奥さんに逆に千葉に来てもらってっていうのも、考えてなくはないんですけど。
具体的にはどんな作業をされてますか
作業はしてなくて、組立の工場があって、そこに生産ラインがあるんですけど、そこの生産がちゃんとうまく流れてるかとか、不具合があったときどうするとか、そういった管理的な仕事なので、自分が作業してるわけではないですね。パソコンで日々の出来高とかデータを取ったりとかもしますし、あと現場で機械がなんか故障したら、ちょっと一緒に見て修理したり、まあアメリカとやり取りして部品を取り寄せたりとか、まあそういったところですかね。体は使わないですね、まあマネジメントですね。
現場ではどんな苦労がありますか
一番悩ましいのは、やっぱり製造ラインの人がたくさんいるじゃないですか。その人たちのやっぱり日々のいざこざがあったりとか、いろんな揉めごとがあったり、やっぱり人と人なんで、そこが一番大変ですね。やっぱり人によって、その大事な部分というか、考え方がやっぱり違ったりするので。目的は一つ、組み立ててちゃんと納期通りに品質のいいものを届けるっていう目的は一緒なんですけど、人それぞれやっぱりやり方が若干違って。だからそこで、私はこうやってやるのに、なんであなたはこうやってやるの、みたいなところから。あとはなんか、生産ラインなんで基本的にはみんな同じペースでやっていかなきゃいけないんですけど、あの人はちょっとなんかサボってるとか、すぐなんかお喋りしてとか、なんかそんなことを私にこう言ってくるわけですよね。あの人こうなんだけど、なんとかしてくださいとか。なんか言い方悪いんですけど、もう小学校の先生みたいなもんですね。
やりがいを感じる瞬間は
みんなで立てた目標を達成した時とか、改善したらそれが効果としてあらわれて、現場のみんなが喜んでくれるとか、これすごくいいですとか言ってくれる、その瞬間がいいですね、楽しいですね。一人で何かやってよしっていうのは営業の時はありましたけど、今はみんなでやる仕事なので、自分一人が一生懸命何かやっても結果は出ませんので。
これまでで一番辛かったことは
ちょっと生産ラインを縮小させるという会社の計画があって、そこでちょっと人を10人ほどやめてもらわなきゃいけないという状況になったんですよね。そこで、いろいろみんな一緒に働いてきている仲間がいる中で、この人にはちょっとやめてもらわなきゃいけないっていうのを、社員と相談するわけにもいかなくて。相談するとまとまらないんですよね、そういうのって。なのでもうトップダウンで、その辺はこの人とこの人って言うので、10人ぐらいそこでちょっとやめてもらうっていう決断をしなきゃいけなかったんですけど、それが辛かったですね。普段ね、そうやって揉めてるくせに、いざこの人でやめてもらうよって言うとみんなして、なんとかならないのみたいな話になるんですよね。あの人がいないとここがまわらなくなるとか。
出世への気持ちは変わりましたか
以前は割とキャリアを上げていきたいってのがあったんですけど、ここ最近そんなに欲が、出世してやるぞっていうのはあんまり感じなくなってきてます。もともと組立アセンブリーのマネジャーで入って、私の上司の人はちょっと違うセクションも見なきゃいけなくなって、私がそのアセンブリーだけじゃなくて、プロダクションコントロールとか、サプライチェーンのチームとか、あとロジスティクスですかね、そっちも見てねみたいな感じだったんですけど、あんま嬉しくなかった。この歳になると、あんまり出世欲っていうよりも、今後、ちょっと新潟から離れているっていうのもあるんですけど、今後どういう風に後半の人生を過ごしていくのが幸せなのかなって、ちょっと考えるようになっちゃってて。バリバリ出世しても、結局家族も離れてれば、単身でいて、幸せってどこにあるんだろうって思った時に、そんなに給料が増えなくてもいいから、もう新潟で家族と一緒に暮らした方が幸せなのかなとか、その辺をちょっと天秤にかけるようになってきましたね。
日本のものづくりをどう見ますか
以前は、30年以上前とかは、やっぱり日本のお家芸ってことで、すごく製造業も強かったですし、半導体とかもトップテンに日本の企業が入ってたんですけど、それがちょっと一旦全部海外に行っちゃったじゃないですか。その理由というのが、日本はすごく真面目でいいんですけど、全部自前でやろうというところがすごく強くて、開発から設計から製造して販売してというのを一気通貫でやるというところが、やっぱりなかなか通用しなくなってきてると思うんですよね。だから海外のメーカーって、設計は自分たちでやるけど製造はここに全部委託してとか、そういった感じでどんどん設計力が強くなっていって、今のAIとかもそうですけど、完全に日本が出遅れたというところなんですけど。ゴルフメーカーも一緒で、日本のメーカーってやっぱり設計から開発して、製造して、組み立てしてっていうのを全部自前でやろうとしてたんですけど、外資系ってそこは割り切ってて、自分たちは設計とデザインだけだと、あとは全部パーツは中国とか外注に作らせて、アセンブリーも場合によっては中国でやらせるんですけど、一部、日本のコアのお客さんだけは今、柏の方で組んでるんですけど。合理的というか、設計と開発と、あと評価ですね、正当な評価、クラブの性能の評価をしっかりメーカーはやれればいい。あとはもちろん、餅は餅屋じゃないですけど、得意なところに委託してやるっていうのが、今後のものづくりの基本になるのかなっていう。それを日本が結構気づいてきてるのかなっていう気はしますよね。
5年後はどうしていたいですか
5年後は、地元に帰ってるかもしれないですね。だから今までの経験を、もうさっきの話じゃないですけど、さらに伸ばしてスキル上げてっていうんではなくて、もうある程度、まあ55とかになってきたときに、もう顧問的なところでもいいかなっていう気もちょっとしてて。だからどっかのベンチャーとかでもいいんですけど、ちょっと営業の顧問みたいな感じで、サラリーは減っても構わないので、っていうのをちょっとイメージしてますね。ある程度もう資産ができて、いろんな面で見通しがたてば、娘もあと2年で大学卒業しますし、そういったもろもろが、その資産面で整理がついたら、ちょっと次のステージに行ってもいいのかなと思いますね。
ものづくりを志す人に伝えたいことは
昔からよく言うのは、ものづくりは人づくりって、まさにそこで、どんなに素晴らしい機械とかコンピューターとか、この設備を取り揃えても、結局使うのってやっぱり人で、その人の考え方とか、そういったもの一つで、いいものにもなれば悪いものにもなるというところがあるので。やっぱりものづくりで、すごく専門的な知識ももちろん大事なんですけど、まずはやっぱり人として自分を磨く、プラス、自分一人では絶対にものづくりできないので、いかに周りを巻き込んでやってく、仕事してく、そういうスキルもすごく大事だと思うので。大学院卒でものすごく頭もよくて知識もあるんだけど、人とのコミュニケーションが全然取れなくて、仕事できなくてやめちゃうというのも聞きますので。どっちが大事かというと、バランスがもちろんどっちも大事なんですけど、どっちかというとやっぱり人づくりというところを重視した方がいいのかなと思いますね。
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